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「働きたいのに働けない」を支える仕事|精神科の臨床心理士が伝えたい両立支援の5つの視点【レジリエンスを育てる】
執筆者アイコン佐々木いちなり2026年6月1日 20:33

「働きたいのに働けない」を支える仕事|精神科の臨床心理士が伝えたい両立支援の5つの視点【レジリエンスを育てる】

朝、目が覚めた瞬間に胃がキュッとなる感覚、覚えがありますか。 「また今日も動けなかった」「早く戻らないといけないのに」——休職中にこういう朝を繰り返している方が、精神科の現場には本当に多くいます。 しかも、その多くが「働きたくない」わけではないんです。むしろ逆で、「早く戻りたい。でも体がついてこない」という状態。これ、甘えでも怠けでもありません。心の病気のメカニズムとして、意欲と体の動きがかみ合わなくなる時期が確実に存在します。 私はこれまで精神科の臨床現場で、うつ病・適応障害・双極性障害などを抱えながら「働くこと」と向き合ってきた多くの方と面接を重ねてきました。失敗した復職も、うまくいった復職も、両方見てきています。その経験をもとに、「両立支援」という考え方と、回復を支える5つの視点を、できるだけ率直にお伝えしたいと思います。

 


朝、目が覚めた瞬間に胃がキュッとなる感覚、覚えがありますか。

「また今日も動けなかった」「早く戻らないといけないのに」——休職中にこういう朝を繰り返している方が、精神科の現場には本当に多くいます。

しかも、その多くが「働きたくない」わけではないんです。むしろ逆で、「早く戻りたい。でも体がついてこない」という状態。これ、甘えでも怠けでもありません。心の病気のメカニズムとして、意欲と体の動きがかみ合わなくなる時期が確実に存在します。

私はこれまで精神科の臨床現場で、うつ病・適応障害・双極性障害などを抱えながら「働くこと」と向き合ってきた多くの方と面接を重ねてきました。失敗した復職も、うまくいった復職も、両方見てきています。その経験をもとに、「両立支援」という考え方と、回復を支える5つの視点を、できるだけ率直にお伝えしたいと思います。


「働きたいのに働けない」と感じる人が抱えやすい苦しさ

働く意欲があるのに動けないのは甘えではない

以前、40代の男性会社員の方が面接でこう話してくれました。

「働きたくないわけじゃないんです。むしろ早く戻りたいんです。でも、朝になると体が動かないんですよ」

部署内でも頼られる存在で、責任感が強く、休職中も「同僚に迷惑かけてるんじゃないか」と職場のことばかり考えていたそうです。休んでいるはずなのに、全然休めていない。

こういう状態、精神科では決して珍しくありません。意欲があるのに体が動かないのは、うつ病の症状として医学的に説明できる現象だと言われています。「本人の気合いが足りない」という話では、まったくないんです。

国立精神・神経医療研究センターでは、うつ病の症状として「気力・活力の低下」「思考力・集中力の減退」が挙げられており、これは本人の意志とは切り離して理解する必要があるとされています


休職中にこそ強くなる「見えない苦しさ」

うつや適応障害で休職している間、多くの方が似たような葛藤を抱えます。

「このまま復職できなかったらどうしよう」 「会社は自分のことをどう思っているんだろう」 「みんな働いているのに、自分だけ休んでいる」

症状の回復とは別に、精神的にじわじわとしんどくなっていくプロセスがあります。真面目な方ほど自分に厳しくなりがちで、「弱い人間だ」という自責感にとらわれやすい傾向があると言われています。

ある30代の女性は「休んでいる期間中のほうが、仕事しているときより苦しかった」とおっしゃっていました。主治医から「だいぶ良くなってきましたね」と言われているのに、なぜかしんどい。それは、回復と職場復帰のギャップに挟まれた、独特の苦しさでした。


「早く復職しなければ」という焦りが回復を妨げることがある

面接室でよく聞く言葉があります。

「早く戻らないといけませんよね」

気持ちはわかります。でも、その焦りがかえって回復を遅らせることがあると言われています。実際、準備不足のまま復職して数週間で再休職になった方を、これまで何人も見てきました。体が動き始めた段階と「仕事のプレッシャーに耐えられる状態」は、イコールじゃないんです。


そもそも「両立支援」って何だろう

ここで少し立ち止まって、「両立支援」という言葉について整理しておきたいと思います。

聞き慣れない言葉かもしれません。でも内容を知ると、「こんな仕組みがあるなら、もっと早く知りたかった」と感じる方が多いです。

一言で言うと「治療しながら働くことを、周りがサポートする仕組み」

両立支援とは、病気の治療を続けながら働くことを、職場・医療機関・支援機関が連携してサポートする取り組みのことだと言われています。

厚生労働省も「治療と仕事の両立支援」として、この考え方を国全体で推進しています(参考:https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001225327.pdf

両立支援を使うと、具体的に何が変わるのか

「サポートします」と言われても、実感が湧かない方もいるかもしれません。現場で見てきた経験から、具体的に変わることをお伝えします。

① 職場への説明を一人で抱えなくて済む 主治医や支援担当者が「意見書」や「配慮事項の文書」という形で職場と橋渡しをしてくれます。本人が言いにくいことを、医療的な視点から職場に伝えてもらえます。

② 働き方の調整が「お願い」ではなく「正式な配慮」になる 個人的なお願いではなく、医療的な根拠に基づいた配慮として、短時間勤務や業務内容の調整を職場に求めやすくなります。

③ 再発・再休職のリスクが下がると言われている 段階的な復職支援を経た場合、そうでない場合と比べて安定した復職につながりやすいとされています。焦って戻って再休職、という繰り返しを防ぐことに役立ちます。

④ 「孤立感」が和らぐ 一人で抱えていた問題を、チームで考える形に変えていく。これだけで、精神的な負担がかなり軽くなる方が多いです。

誰に相談すればいいのか

「両立支援を受けたい」と思ったとき、まずどこに相談すればいいのか迷う方もいます。

  • 主治医・かかりつけの精神科・心療内科:最初の相談窓口として最適です

  • 職場の産業医・保健師:社内の連携役になってもらえます

  • 地域障害者職業センター:復職支援(リワーク支援)を専門に行っています

  • ハローワーク専門援助部門:就労に関する相談ができます

  • こころの耳(厚生労働省)https://kokoro.mhlw.go.jp/

「どこに行けばいいか分からない」という場合は、まず主治医に「両立支援について相談したい」と伝えるところから始めるのが現実的です。


視点①|回復と復職は別の問題として考える

症状が落ち着いても、すぐに働けるとは限らない

「先生から『安定してきた』と言われたので、そろそろ戻れると思うんですが…」

こう話してくれた50代の男性は、実際に復職してみたところ、会議のペースについていけず、2週間で「やっぱり無理でした」と戻ってきました。

睡眠が安定している、気分の落ち込みが減った——これは大切な回復の指標です。でも、「長時間集中できるか」「対人関係のストレスに耐えられるか」「仕事のプレッシャーを処理できるか」は、また別の話です。医療的な回復と社会的な回復には時間差があることが多いと言われています(参考:https://kokoro.mhlw.go.jp/guideline/files/H25_Return.pdf


心の回復には波がある

昨日できたことが今日はできない。先週より今週のほうが調子が悪い。

回復は一直線ではなく、波があります。「後退した」と感じてしまう方が多いんですが、実際にはこれが回復途中でよく起こる自然なプロセスだと考えられています。

「こんなに波があるのは普通じゃないですよね」と心配そうに聞いてくる方に「普通ですよ」と返すと、ほっとした顔をされる。その瞬間が、面接室でよくある場面のひとつです。


復職をゴールではなく「通過点」として考える

「いつ戻れますか」より大切な問いがあります。

「戻った後、どう続けていけますか」

精神科での復職支援では、復職日を決めることより、戻った後に無理なく働き続けられる環境・状態・心構えを整えることに時間をかけます。遠回りに見えるかもしれませんが、それが結果として「長く働き続ける」ことへの近道になるケースが多いです。


視点②|一人で抱え込まず支援を活用する

「会社にどう説明すればいいのか分からない」

休職中の方が一番困っていることとして、「症状そのもの」より「会社とのやり取り」を挙げることは少なくありません。

「主治医には話せるんです。でも、会社には何て言えばいいのか分からなくて」

ある方はこう続けました。「復職の目処を聞かれても答えられないし、診断書のことを聞かれてもどこまで話せばいいのか」と。病気と向き合うだけでも相当なエネルギーが要るのに、職場との調整まで一人でこなすのは、冷静に考えると相当な負担です。


焦って戻った結果、何が起きたか

ある40代の方は、「早く戻らないと居場所がなくなる」という焦りから、主治医が「もう少し様子を見ましょう」と言うのを押し切って復職しました。

最初の1週間は「何とかなりそう」と感じていたそうです。でも2週目から通勤が辛くなり、3週目に職場でパニック状態になり、再度休職になりました。

その後、3ヶ月かけてリワーク(復職支援プログラム)を利用し、段階的に準備を整えてから戻ったことで、安定した復職につながりました。「最初の焦りが一番の失敗でした」と振り返っておられた言葉が、今でも印象に残っています。


支援を受けることは、弱さじゃない

真面目な方ほど「自分で何とかしなければ」と思いがちです。

でも逆説的ですが、うまく回復していく方ほど、上手に人を頼っています。主治医に相談する、心理士に話す、リワークを利用する、職場に配慮をお願いする。それは弱さではなく、自分を守るための判断力だと思います。


視点③|レジリエンスを育てながら回復を目指す

レジリエンスとは、困難から立ち直る力のことだと言われています。「落ち込まない人になること」ではありません。落ち込みながらも、少しずつ前に進み続ける力のことです。

精神科で「回復が安定しているな」と感じる方に共通しているのは、強い人であることより、「今日は調子が悪い日もある」「今は回復の途中だ」と自分を受け止めることができる、という点です。

小さな成功体験を積み重ねること。助けを求めること。自分を責めすぎないこと。こうした積み重ねが、レジリエンスを育てていくと考えられています。


視点④|自分に合った働き方を見つける

回復とは、「元の自分に戻ること」だけではないと感じています。

ある30代の女性は、復職後に「前と同じように働くことが回復だと思っていた」と話してくれました。でも実際には、残業をほぼゼロにして、会議の回数を減らしてもらい、週4日勤務から始めるという調整を経て、2年後には「前より充実している」とおっしゃっていました。

短時間勤務、業務内容の調整、在宅勤務の活用——こうした働き方の見直しが、長く働き続けるための現実的な選択肢になることがあります。

「働けるか、働けないか」ではなく、「どう働けば続けられるか」。この視点の転換が、回復の大きな鍵になると感じています。頑丈さよりもしなやかさです。


視点⑤|回復の先にある「自分らしい人生」を考える

症状が落ち着いてくると、仕事以外のことにも少しずつ目が向いてくる時期があります。

家族との時間、趣味、人とのつながり、自分が本当に大切にしたいこと。

「病気になる前は、仕事が人生の8割を占めていました」とある方が話してくれたことがあります。休職の期間に、初めて家族とゆっくり旅行に行ったと。「それが一番の回復薬だったかもしれません」と笑いながら言っていたのが、今でも印象に残っています。

仕事は人生の大切な一部です。ただ、人生のすべてでもない。回復の途中でそれに気づく方は、意外と多いんです。


臨床心理士として、最後に伝えたいこと

両立支援に関わっていて、一番感じることがあります。

それは、多くの人が「必要以上に一人で頑張ろうとしている」ということです。

ある方は「迷惑をかけたくないから誰にも相談できません」と言っていました。でも、少しずつ支援とつながり、職場との調整を重ねながら、無事に復職されました。

「一人で抱えていた時よりずっと楽です」

そう言って笑ってくれた顔を、今でも覚えています。

両立支援は「働けるか、働けないか」を判定する場ではありません。その人が大切にしたい人生を、少しずつ取り戻していくための場です。働くことを諦めるのでもなく、無理をして働くのでもない。その人らしい働き方や生き方を一緒に探していく——それが精神科における両立支援の本質ではないかと思っています。

もし今、「働きたいのに働けない」と苦しんでいるなら、一人で抱え込まないでください。誰かと一緒に考えること——それ自体が、回復の大切な一歩になります。


参考資料・相談窓口

参考文献

・「治療と仕事の両立支援」として、この考え方を国全体で推進しています
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001225327.pdf
・こころの耳(厚生労働省)
https://kokoro.mhlw.go.jp/
・心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き
https://kokoro.mhlw.go.jp/guideline/files/H25_Return.pdf

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