
仕事のストレスで『もう無理』と感じたら――考えすぎから抜け出す『解決志向アプローチ』
仕事で嫌なことがあった夜、家に帰ってきても頭の中では仕事がまだ続いている。そんな経験、ありませんか。
「あのとき、あんなことを言わなければよかった」
「明日、また何か言われるかもしれない」
「どうして自分ばかり、こんな目に遭うんだろう」
考えても答えは出ません。それでもお風呂に入っているときも、食事をしているときも、布団に入ってからも、気づけば同じことをぐるぐる考えている。「もう考えるのをやめよう」そう思った数分後には、また今日の出来事を頭の中で再生している。
これ、けっこう相談室でもよく聞く話なんですよね。
仕事のストレスが強くなってくると、こういう状態に陥ることがあります。
心理学では、嫌だったことや失敗、将来への不安などを繰り返し考え続けることを「反芻(はんすう)」と呼びます。牛が一度飲み込んだ食べ物をもう一度口に戻して噛み直す、あの反芻です(※1)。
厄介なのは、反芻している本人も、好きで考えているわけじゃないということ。むしろ「何とかしたい」からこそ考えているんです。
「なぜ、こうなったんだろう」
「自分の何がいけなかったんだろう」
「どうすればよかったんだろう」
ところが考えれば考えるほど、出口が見えなくなっていくことがあります。やがて、
「この職場にいる限り、もう無理だ」
「自分は何をやってもうまくいかない」
「これからもずっと、この状態が続くんじゃないか」
目の前の問題だけじゃなく、これから先まで行き止まりのように感じられてしまう。そんなとき、「もっと前向きに考えよう」と無理をする必要はありません。少しだけ、問いの方向を変えてみる方法があります。
「なぜ?」を考え続けても、仕事の悩みから抜け出せないことがある
何か問題が起きると、私たちはつい原因を探そうとします。
「なぜ仕事がこんなにつらいのか」
「なぜ上司とうまくいかないのか」
「なぜ自分はこんなに気にしてしまうのか」
原因を考えること自体、悪いことじゃありません。業務量が多すぎるなら仕事量そのものを調整する必要がありますし、ハラスメントや職場環境そのものに問題があるなら、個人の考え方だけで何とかしようとするのは違います。心身の不調が強くなっているなら、休養や専門機関への相談が必要になる場合もあるでしょう。
ただ、原因を考えることと、解決に近づくことは、実は必ずしも同じじゃないんですよね。
「あの上司がいるから」
「会社が変わらないから」
「自分はこういう性格だから」
たしかに、それも原因の一つなのかもしれません。でも、そこで思考が止まってしまうと「では、自分にできることは何もない」というところまで追い込まれてしまうことがある。上司を明日から別人にすることはできませんし、会社の制度を一晩で変えるのも難しい。過去に起きた出来事も消せません。
だからこそ、問題をさらに深く掘り下げるより、少し違った角度から状況を眺めてみる。その方法の一つが「解決志向アプローチ」です。
解決志向アプローチとは?
解決志向アプローチ(Solution-Focused Approach)は、カウンセリングや心理療法の現場で使われる考え方の一つです。実際、心療内科の領域でも「問題を掘り下げるproblem talkではなく、解決に向かうsolution talkを扱う」アプローチとして紹介されています(※2)。
「なぜ問題が起きたのか」だけを詳しく分析するんじゃなく、
「どうなったら、今より少し良くなったと言えるだろう」 「つらさが少し軽かったときは、何が違っていただろう」 「今の自分にも、すでにできていることはないだろうか」
と、解決につながる側にも目を向けていく。ここ、けっこう誤解されやすいところなんですが、解決志向とは「悪いことばかり考えず、良いところを見つけましょう」というポジティブシンキングではありません。まして、
「仕事があるだけ恵まれている」 「家族がいるんだから幸せでしょう」 「もっと前向きに考えたほうがいい」
と、つらさを別の価値観で塗り替えるものでもない。つらいものは、つらい。問題があるなら、その問題はちゃんとそこにあります。ただ、問題しか見えなくなっているときに「本当にそこには問題しかないんだろうか」と問い直してみる。ここに、解決志向の面白さがあるんですよね。
今の状態を0〜10で表すとしたら?
解決志向アプローチでは「スケーリング」と呼ばれる質問を使うことがあります(※3)。たとえば、
「とてもつらい状態を0、十分に良い状態を10とすると、今の状態は何点くらいでしょう?」
と尋ねてみる。少し考えて「……3くらいです」という答えが返ってきたとします。
以前、面談でこれとほぼ同じやり取りをしたことがあります。40代の会社員の方で、朝、会社へ行くのがつらい、仕事中も気持ちが重い、帰宅しても仕事のことを考えてしまう、という状態が続いていた方でした(※これは複数の事例を組み合わせた仮想例です)。「自分は3点しかない」とおっしゃっていたのを覚えています。
ここで「では、どうしたら4点になりますか?」とすぐ次に進むこともできます。でも、その前にこんな質問をしてみるんです。
「0ではなくて、何があるから3なんでしょう?」
少し不思議な質問ですよね。すぐには答えられないこともあります。「……何でしょうね」と沈黙が続くことだってある。その時間、急いで埋める必要はありません。しばらくして、
「仕事には、なんとか行けています」 「話せる同僚が一人います」 「家に帰れば、少し落ち着きますね」
そんな言葉がぽつぽつ出てくることがあります。さらに話していると「そういえば、子どもは十分育っているし、家族関係もいいんですよね」と、自分でも少し意外そうに話すことも。
ここで「ほら、いいこともあるじゃないですか」とこちらが答えをまとめてしまわない。これがけっこう大事なところで、本人が自分の口から出てきた言葉を聞いて、その意味を自分の中で咀嚼していく時間をつくる。カウンセリングでは、この「待つ時間」が意外と大切だったりします。
「3点しかない」から「3点も残っている」へ
同じ「3」という数字でも、見方を少し変えることができます。「あと7点も足りない」ではなく、「0から3までを支えているものは何だろう」と考えてみる。
仕事はつらい。それでも今日まで職場へ行っている。誰かに相談できた日もある。自分なりに仕事をこなしてきた。家族との関係を築いてきた。子どもをここまで育ててきた。休みの日には、少し笑える時間がある。
もちろん、こうしたものを見つけたからといって仕事のストレスがなくなるわけじゃありません。家族関係が良ければ仕事を我慢しなければならない、という意味でもない。仕事の問題は、そのまま残っています。
それでも「何もかもうまくいっていない」という一つの見方しかなかったところに、「うまくいっていないことは確かにある。でも、すべてじゃない」という、もう一つの見方が生まれてくることがある。
人は追い詰められるほど、自分が失ったものには気づきやすく、まだ残っているものには気づきにくくなるものです。だから質問によって少し視点をずらしてみる。答えを教えるんじゃなく、本人の中から出てくるものを待つ。そこから話が動き始めることがあるんですよね。
「少しだけマシだった日」を探してみる
解決志向アプローチには、もう一つ特徴的な視点があります。「例外」を探すことです。
たとえば「毎日、仕事がつらい」と感じているとする。そのつらさを否定する必要はありません。ただ、少し細かく振り返ってみる。この1週間、本当に朝から晩まで、まったく同じ強さでつらかったでしょうか。
「そういえば、水曜日の午後は少しマシだった」
「昨日、同僚と話しているときは仕事のことを忘れていた」
「苦手な上司が外出している日は少し違います」
そんな時間が見つかることがあります。そこで、もう一つ尋ねてみる。
「そのときは、何が違ったのでしょう?」
仕事量が少なかった。誰かと話せていた。前の日によく眠れていた。自分のペースで仕事ができた。苦手な人と距離を取れていた。頼まれた仕事を一つ断ることができた——。
「毎日つらい」という大きな塊を丁寧に見てみると、実はそこには濃淡がある。以前担当した方の中には、この「例外探し」を続けていくうちに「金曜日だけ調子がいい理由」に自分で気づいて、そこから業務の組み方を少しずつ変えていった方もいました。小さな違いの中に、自分に合った対処法のヒントが隠れていることがあるんです。
「どうしたら10点になるか」ではなく、「3が3.5になるなら?」
仕事のストレスで追い詰められているときほど、大きな解決策を考えてしまいがちです。
「転職するしかない」
「上司が変わらなければ無理だ」
「自分の性格を変えなければ」
本当に環境を変えたほうがいい場合もあります。けれど、それを今日決めなくてもいいこともある。今が3点なら、いきなり10点を目指す必要はありません。こんなふうに考えてみるんです。
「3が3.5になるとしたら、明日は何が少し違っているでしょう?」
朝、5分だけゆっくりできる。一人で抱えている仕事を誰かに相談する。昼休みに仕事とは関係のない話をする。いつもより30分早く帰る。帰宅したら仕事のメールを見ない。
「そんな小さなことで何が変わるんだ」と思うかもしれません。それでいいんです。無理に信じる必要はない。ただ、3から10を考えると何も浮かばなくても、3から3.5なら考えられることがある。追い詰められているときに必要なのは、大きな人生改革じゃなくて、そういう小さな違いだったりするんですよね。
余談ですが、私自身、心理士を始める前に水商売で働いていた時期に人生相談を受けることが多くて、そのときによく感じたのが「大きな解決策ほど、逆に人を動けなくする」ということでした。
10点を目指せと言われて動ける人は、実はそんなに多くありません。
希望は、誰かから与えられるものとは限らない
カウンセリングというと、専門家から「正しい考え方」を教えてもらう場所だと思われがちです。心理学の知識を伝えることが役立つ場面もたしかにあります。でも、それだけじゃない。
質問を一つ置いてみる。少し待つ。本人が話し始める。その言葉から、また次の問いが生まれる。そうしているうちに「何もかもうまくいっていない」と思っていた人が「そういえば、これはできている」と、自分で気づくことがある。
こちらから「あなたにはこんな強みがありますよ」と言われるのとは、少し違うんですよね。
自分自身で見つけたものだから。私は、解決志向アプローチの魅力はここにあると思っています。
希望を押しつけるんじゃなく、その人の中にまだ残っている可能性を、一緒に探していく。
作戦会議みたいなものです。答えを渡すんじゃなく、一緒に地図を広げる感じ。
仕事のストレスで「もう無理」と思ったときに
ストレスが続くと、私たちの視界はどうしても狭くなります。
「あの人が変わらない限り無理だ」
「この会社にいる限り無理だ」
「自分はもうダメなんじゃないか」
同じ考えが頭の中をぐるぐる回り始める。これ、頭の中に鳴りっぱなしの火災報知器みたいなものだと思ってもらうと分かりやすいかもしれません。本来は危険を知らせるための大事な機能なのに、鳴りすぎると生活そのものがしんどくなってしまう。
そんなとき、無理にポジティブになる必要はありません。問題を小さく考える必要もない。ただ、問題ばかりを見続けて苦しくなっているなら、ほんの少しだけ違う方向にも目を向けてみてください。
今の自分は、0から10なら何点でしょう。2でしょうか。3でしょうか。5でしょうか。数字そのものは、それほど重要じゃありません。もし0じゃなかったなら、もう一つだけ考えてみてください。
「何があるから、その点数なんだろう?」
すぐに答えが浮かばなくても構いません。その問いを、少しだけ持っておく。数時間後かもしれない。数日後かもしれない。ふと「あ、そういえば」と思い出すものがあるかもしれません。家族との時間かもしれない。話を聞いてくれる人かもしれない。なんとか仕事へ行っている自分かもしれない。以前より少しできるようになったことかもしれません。
仕事の問題が全部なくならなくても、人は少し楽になることがあります。状況そのものがすぐに変わらなくても、見える景色が少し変わることがある。そして、その小さな変化から、次にできることが見えてくることもあるんです。
「もうどうしようもない」そう感じているときほど、10点になる方法を探さなくてもいいのかもしれません。
3なら、まず3の中にあるものを見てみる。そして、いつか3.5になるとしたら何が少し違うのかを考えてみる。答えを急がずに。
もし一人で考えるのがしんどいと感じたら、誰かと一緒にこの問いを考えてみるのも一つの手です。
友人でも、家族でも、専門家でも構いません。
一人で作戦会議をするより、二人で地図を広げたほうが、意外と見えてくるものがあったりします。
最後に、一つだけ問いを残しておきます。
今のあなたが0ではないとしたら。その数字を支えているものは、何でしょうか。
(参考) ※1 反芻思考(反すう思考)とは | 高津心音メンタルクリニック https://cocorone-clinic.com/columns/rumination/ ※2 「問題志向よりも「解決志向」で行こう! 解決志向アプローチ(SFA)のススメ」| マンスリーコラム | 特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会 https://www.career-cc.org/column/column000291.html ※3 解決志向アプローチ/解決志向ブリーフセラピー | 大阪・京都のカウンセリング、臨床心理士フェリアン https://felien.co.jp/counseling/therapy/solution-therapy/
参考文献
https://www.career-cc.org/column/column000291.html
https://felien.co.jp/counseling/therapy/solution-therapy/
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