
新しい環境に入る前に -「わたしの取説」のススメー
4月から、新しい学校、新しい職場など環境が変わる方が多くいるかと思います。 自分は同じ環境にいても、後輩が来ることで自分の役割が変わるという環境変化もあるかもしれません。 新しい環境では、周囲に合わせることに精一杯になり、自分のペースを見失いやすいものです。 そんなときに役立つセルフケアの一つとして、今回は「わたしの取扱説明書」をご紹介します。 自分の得意や苦手、疲れやすいポイントを整理しておくことで、新しい環境でも自分らしく過ごしやすくなるかと思います。
「わたしの取説」って
「わたし取扱説明書」「わたしの取説(トリセツ)」などの言葉を聞いたことがありますか?
「取扱説明書」は、家電や家具などを購入するとついてくる、取り扱いやメンテナンス、使用における注意事項、故障のサインなどが記された説明書ですよね。
それを、「わたし」=自分自身についてまとめてみよう、という試みです。
元は、発達特性や心身の不調などによる働きづらさを抱えた方の就職支援や、発達の凸凹がみられるお子さんの園や学校での集団生活支援の場面で、よく使われてきました。
自分(お子さん)の得意や不得意を理解し、職場や園・学校などにも知ってもらうための情報ツールとして活用されています。
「ナビゲーションブック」「サポートシート」などと呼ばれることが多いですが、より気軽に取り組んだり、活用できるように「わたしの取説(トリセツ)」などカジュアルな呼び方も広まってきました。
自己理解ツールとしての「わたしの取説」
私自身も、カウンセリングの現場では、発達特性のみられる大学生の就活サポートなどで「ナビゲーションシート」を活用してきました。
活用してみて、よかったことが色々とありました。
一番よかったのは、
その方の「よい面をたくさん見つけられた」ことです。
相談に来る学生さんたちは、大抵、失敗体験や苦手意識を強く感じています。
「大事な予定なのに、よく遅刻してしまう」
「いつも課題を締切までに仕上げられない」
「物の管理が苦手で、忘れ物、失くし物が多すぎる」
「人に何か聞かれても、頭が真っ白になって固まってしまう」…
そして、そのために
「こんな自分じゃ働くなんてできない」と自信を持てずにいます。
けれど、一緒に「わたしのトリセツ」をつくるうちに、かえって、その方の得意が見えてくるのです。
「遅刻してしまう」だけがその子じゃない。
そんな当たり前のことに、改めて気づける。
これは、困難があったり支援を必要とする人だけでなく、誰にとっても役に立つツールと感じています。
例えば、こんな方
・新しい職場で、職場の人とうまく関われるか不安
・初めてリーダーを任されることになったのが嬉しいけど自信がない
・にぎやかな場所が苦手、新しい環境になじめるか不安
・不安とかは特になくて、新しく出会う人に、どう自己紹介しようか考え中
・自分の進路やキャリアを考え中
などなど。
「わたしの取説」にちょっと興味がわいた方は、トライしてみてはいかがでしょうか。
STEP1 自分の「得意」と「気になること」を書き出そう
まずは、自分について、気になっていることや思い浮かぶことをざっくりと書き出してみましょう
最初からきれいにまとめて書こうとはしません。
A4用紙1枚のまん中を線で区切って
-
「できること、得意、特に困らないこと」
-
「気になること、苦手、困りやすいこと」
に分けておき、それぞれ思い浮かぶままに箇条書きで書いていくくらいがお勧めです。
ちなみに、こうした「思いつくままに」書き出すワークでは、私は付箋を使うことが多いです。
1枚に一つずつ書いて、それぞれ当てはまる側に貼っていきます。
付箋だと、後から移動ができるのが便利です。
さて、書き出していったときに、よくあるのは、「できること」側があまり埋まらないパターンです。
スペースを分けることで、その配分を見える化します。
そして、「気になること」と、まずは同じくらいの数を出すようにしてみます。
「できること」は、特別なことでなく、いつも当たり前にやっていることでいいのです。
・あいさつ
とか、
・トイレットペーパーの残りが少ないことに気づいて補充する
などでも、「できること」に十分カウントできます。
それが当たり前にできることが、あなたの力なのです。
STEP2 「気になること」や「苦手」を具体的に分解してみよう
次に、それぞれ出てきたものを、具体的に掘り下げていきます。
どちらから取り組むかは、あなたの好みで良いです。
先に「できること」を具体化して、モチベーションを上げるのも良し、
先に「気になること」を整理して、スッキリさせるのも良し、です。
私が相談場面で出会った方は、「気になること・苦手」を先に整理したい方が多かったので、
ここでもそちらを先に扱いますね。
例えば、
「にぎやかな場所が苦手で、新しい環境になじめるか不安」
を掘り下げてみましょう。
あなたが苦手とする「にぎやかな場所」とは、具体的にはどんな場所ですか?
・駅や交差点など多くの人が行き交う場所
・電車の中など、混み合う中に一定の時間いなきゃいけない場面
・学校の教室など、同じメンバーと一定の期間、長い時間一緒にいる空間
・工事現場や線路の近くなど、物理的に大きな音がある場所
・学校など人の声が多く聞こえる場所
・音だけでなく、光や匂いなどの感覚的な刺激の多い場所
・人が大勢そこにいるだけでなくて、関わらなきゃいけない場所
など、「にぎやかな」にもいろんなパターンが想像されます。
今まで、「苦手だな」「この場にいるの、ちょっとつらいかも」と感じた場所や場面はどんな場面だったでしょうか?
苦手を掘り下げるのは、ちょっとしんどいですよね。
このとき、安心できる人に近くにいてもらったり、アイテム(お気に入りのタオルなど)を手元に置いておくと、ストレスを和らげるのに役立ちますよ。
また、あまりに自分にとって苦痛なことは、あえて掘り下げないというのも大切なポイントです。一人で取り組むなら、なおさらです。避けることも大事なセルフケアなのです。
けれど、たいていの苦手なら、細かめに掘り下げていくことで、
ざっくりと「苦手」「できない」と思っていたことが、
意外と、条件だけクリアできたら対処できるものだった、と気づけることが多いです。
もし、「苦手なのは人ではなくて音だった」と気づいたなら、
対処法として、
・イヤホンが使えるなら、ノイズキャンセリングとしてイヤホンをつけておく
・座席が自由なら、さりげなく端の席に座るようにする
・こまめにトイレ休憩などで場を離れて気分転換する
などが考えられます。
大切なのは、
「全部がダメなのではない」
「苦手なのは一部だけで、工夫で対処できることもある」
と気づけることです。
このようにして、苦手を具体的に分解していくと、
・意外とできそうなこと
・苦手ではあるけど工夫できそうなこと
・やっぱり苦手なこと
に分けることができます。
「できること」が増えましたね。
STEP3 「力を発揮しやすい」アップポイントを見つけよう
「できること」も、具体化していきましょう。
あなたが、普段できていることで、さらに
やりやすい場面、
楽しい場面、
充実する場面
を書き出してみましょう。
例えば、「料理が好き」な場合、
レシピ通りに、前もって材料もそろえて、きっちりつくるのが好きな人もいれば、
冷蔵庫に今あるもので、パパっと献立を思い浮かべてつくるのが得意な人もいます。
あなたが力を発揮しやすいのは、どんな場面なのか。
それが見えてくると、あなた自身が自分の活かし方に気づくことができます。
例えば、料理が好きだからといって、今あるものでパパッとつくる料理が好きな人が、高級なレストランの厨房に勤めたらどうでしょう?
料理が好きなはずなのに、思うようにできないことがストレスになってしまうかもしれません。
けれど、今あるもので臨機応変に対応できる力は、料理はもちろん、他の領域でもとても頼りになる能力です。
好きや得意をより発揮できる条件を見つけておくと、
自分ものびのびと力を発揮できるし、職場などにとっても成果につながります。
また、苦手領域にトライするときにも応用できます。
STEP4 取扱注意事項とセルフメンテナンスを書いてみよう
さて、ここまで整理してみた上で、それでもどうにも難しいこと、苦手なこともあります。
あっていいのです。あって当たり前です。
家電に「水をかけないで」「高温に注意」と注意事項があるように、
「わたしの取扱説明書」にも、注意事項を挙げておきましょう。
・睡眠不足に注意! ;睡眠〇時間以下の日が続くと、イライラしやすくなる
・コーヒーは一日〇杯まで! ;とくに夕方以降は、眠りにくくなる
などという感じです。
また、ご自分の「疲れのサイン」とそのメンテナンス法も挙げておくと良いですね。
・まぶたがピクピクするようになる
→ゆっくりめに入浴して、早めに寝るようにしましょう
・やたらとネガティブに考えやすくなる
→夜更かし厳禁。自分をいたわって、早めに寝るようにしましょう
信頼できる人と美味しいご飯を食べるのもお勧めです
などのような形ではいかがでしょう?
気持ちが疲れたとき、困ったときなどに読んで、
クスッと笑って「やってみようかな」と思えるような言葉
…そんなイメージで書いておくといいですね。
また、困ったときに頼りになるものも書き出しておくと安心です。
・家族や友人、パートナーなど信頼できる人
・お気に入りのアイテム、食べ物、香り、音楽
…など、「凹んだとき、困ったとき、疲れたときはここを読もう」、
そう思えるようなものを書き出しておくことで、凹む自分を認めてあげられます。
STEP5 取扱説明書らしくまとめてみよう
ここまでできたら、これらを取扱説明書らしくまとめていきましょう。
付箋を使ってきたなら、
きれいに清書したそれぞれのスペースに、書き出した付箋を一つずつ貼っていきます。
・「できること、得意、特に困らないこと」
+さらに分解して出てきた、「より発揮できる条件」
・「気になること、苦手、困ること」
-掘り下げて、「意外と大丈夫なこと」は「できること」へ移動
-「苦手だけど対処できること」と「やっぱり苦手なこと」に分類
・「取扱注意事項」と「メンテナンス法」
これだけでも十分な分量になると思います。
もしできたら、ここにさらに
・表紙:「わたしのセールスポイント」
・最後:「わたしからわたしへ;メッセージ」
を書いてみると完璧です!
つくるプロセスに意味がある
前半にも書きましたが、私はこの「わたしの取扱説明書」は、つくるプロセスにこそ意味があると思っています。
自分目線だけで自分を見ようとすると、つい「私はこれが苦手だから」と苦手やできないことにばかり目を向けてしまいがちです。
けれど、こうして書き出したり掘り下げていくことで、
「ちゃんとできていることがある」
「苦手はもちろんあるけど、本当に難しいのはその中のほんの一部だけ」
「自分には対処する力がある」
と気づけることは、ものすごい力になります。
さらに、
困ったときや何か調子がくるうとき、自分のペースを見失ったときなどに
これを見ることがセルフケアになるのではないかと思います。
何度でも改訂できる
「わたしの取扱説明書」は、一度作ったら完成ではありません。
人はどんどん変化していきます。
今回、「苦手」として書いたものは、1年後にはたやすくできるようになっているかもしれません。
新しい役割や課題に出会うかもしれません。
「わたしの取扱説明書」も、その都度、書き換えていけば良いのです。
そうすることで、自分の成長や置かれた環境の変化に気づくこともできます。
家電は、購入した時以上に進化成長することはありません。
けれど、人は日々変化し、成長していきます。
改訂されるのは、とても素敵なことです。
最後に…あなたのセールスポイントは何ですか?
家電などは、それぞれにセールスポイントがあります。
掃除機に、食器を洗わせようというのは無理な話です。
掃除機は掃除機として使う時にこそ、私たちの役に立ってくれます。
その中でも、
・「自動で掃除してくれる;便利」
・「軽くてコンパクト;持ち運びが楽」
・「とにかくパワフル;広い場所などで本領発揮」
など、それぞれの掃除機にセールスポイントがあり、それを生かせる場所でこそ、より力を発揮してくれます。
あなたのセールスポイントは何ですか?
「わたしの取扱説明書」をつくることで、それが見つかったなら嬉しいです。
参考文献
https://www.nivr.jeed.go.jp/center/report/support13.html
