
不眠の向き合い方と、睡眠の質を高めるヒント
はじめに―眠れないのは、あなただけじゃない―

夜になるとなぜか目が冴えてしまう。
布団に入っても考えごとが止まらない。
やっと眠れたと思ったらすぐに目が覚める。
実は、不眠は一般臨床において最も訴えの多い症状の一つで、日本人の約5人に1人が何らかの不眠症状を抱えているといわれています。週に3日以上の不眠症状がある人は16-21%、日中の障害を伴う不眠症は9-15%に認められているでしょう。
眠れないのは「意志が弱い」せいでも、「気のせい」でもありません。脳と身体の仕組みが、何らかの理由でうまく働いていないサインです。不眠は眠れない辛さだけでなく、疲労やイライラ、不安、気分の落ち込みなど、多くの心身ならびに社会的問題と関連しています。
不眠はなぜ起きるのか

不眠は単に眠れない状態ではなく、脳の覚醒システムと睡眠システムのバランスが崩れた状態と考えられています。睡眠医学では、不眠は主に次の3つの仕組みが重なって起こると説明されているでしょう。
睡眠調節機構の乱れ
過覚醒状態
不眠を維持してしまう生活習慣
睡眠恒常性維持機構の乱れ
睡眠には二つの重要な仕組みがあり、一つ目は「睡眠圧」で、起きている時間が長くなるほど脳にプロスタグランジンD2やアデノシンという物質が蓄積して眠気が強くなります。これは長く起きているから眠気が強くなるという仕組みです。昼寝のしすぎや運動不足、不規則な生活が続くとこの眠気の圧力が弱まり、夜に眠れなくなります。
二つ目は体内時計(概日リズム)で、脳の視交叉上核という部位が夜は眠気を、朝は覚醒を促すリズムです。この睡眠と覚醒というリズムは、体の深部体温が一日の中で変化することで眠気をもたらします。このリズムは光・食事・運動によって整えられますが、夜型の生活・スマートフォンの光・不規則な勤務などが続くと乱れ、不眠につながりやすくなってしまうでしょう。
過覚醒状態
覚醒と睡眠は互いに相反する状態で、不安・緊張・怒りなどの感情的な興奮が起こると覚醒系が活発になり、寝つきが悪くなったり眠りが浅くなったりします。一過性の不眠はこのようなメカニズムで起こることが多く、リラックスが不眠に有効なのは、感情的な興奮を和らげて覚醒系の活動が適切に低下するからです。
強い不安によって眠りにくさがある場合など、落ち着いて過ごすよりも不安を和らげる方が効果的な場合があるでしょう。これは抗不安作用により大脳辺縁系を含む情動調節系による覚醒中枢の活性化を抑えられるからです。不眠の状態によっては、寝るときにこの覚醒系が適切に抑えられないことがわかっており、抑制することで寝つきや眠りの維持を改善できるかもしれません。
不眠を維持してしまう生活習慣
不眠を抱える多くの人は「眠れない」という不安を抱えやすく、その気持ちや考えが余計に不眠を助長してしまいます。眠れないことへの恐怖や「眠れないかもしれない」という不安は、緊張を呼んで交感神経を活性化させて、かえって目が覚めてしまうのではないでしょうか。
「眠れないかもしれない」という思いが、寝る場所を「不安の場所」に作り変えてしまっています。他にもベッドにスマホを持ち込んだり、答えの出ないことを考えたりと、自分の気持ちや考えによっては眠りにくい生活習慣となってしまうでしょう。
睡眠の質を高める、科学的な方法

光と体温を味方につける
睡眠の質を上げる最も効果的な方法のひとつが、「光」と「体温」のコントロールです。人の体内時計は24時間よりも少し長いため、朝起きてすぐにカーテンを開けて光を浴びれば体内時計はリセットされます。
また、人は寝ている間に汗をかいて軽い脱水状態になっています。起きてすぐにコップ1杯の水を飲めば、血流を良くして内臓の動きが活発になるでしょう。水を飲むことで心身ともに、「新しい一日を始める」きっかけとなるかもしれません。
さらに体温については、就寝の約1時間前にぬるめのお風呂(38〜40℃)に入るのが効果的です。入浴後に体の表面から熱が放散されることで深部体温が下がり、自然な眠気が訪れます。毎日の入浴する習慣は抑うつ気分を減らす効果も研究で示されているので、不眠による落ち込みも減らすことが出来るでしょう。
「眠れなくてもいい」と思う練習
不眠が続いていくと、人は次第に「今日は眠れるのか」と疑ってかかろうとします。本来、睡眠は非常にデリケートな行為であるはずなのに、思考があちこちに飛んでいたり難しいことを悩んでいたりすると、脳が活発に動いてしまうでしょう。また、「眠る」ことに一生懸命になりすぎてしまえば、脳は興奮(覚醒)状態になりやすくなってしまいます。
眠れないときは必要以上に眠ろうと一生懸命にならず、寝室は異なる場所で静かに過ごすべきです。眠れないまま寝室で長時間過ごしすぎると、脳が焦りを感じたり寝室を眠れていない場所と決めつけたりしてしまうかもしれません。
「毎日絶対8時間眠らなければ」という完璧主義な思い込みも、不眠を悪化させる原因です。人間の睡眠は波のようなもので、毎日同じ質・量である必要はありません。少し眠れただけでも、身体は回復しているでしょう。
呼吸で自律神経を整える
自律神経にはそれぞれ異なる働きをする「交感神経」と「副交感神経」があり、私たちが心身ともに元気に過ごせるのは、この2つがバランスよく働いているからです。ストレスを感じると呼吸は浅く速くなり、自然と交感神経(緊張モード)が優位になります。一方で、息を吐く(呼気)ときに働くのが副交感神経(リラックスモード)です。
この副交感神経を「意図的にオン」にできるのが、4-7-8呼吸法になります。4-7-8呼吸法は吸う時間4秒に対し、吐く時間を2倍の8秒に設定し、この「吸う<吐く」のリズムが副交感神経を強く刺激し、心拍数を落ち着かせて自然と眠気を誘う働きをしてくれるでしょう。
*「4秒吸って、7秒止め、8秒かけてゆっくり吐く」*という4-7-8呼吸法は、不安を和らげる効果としても研究で示されています。難しく考えず、「吸うより長く吐く」ことを意識するだけでも十分です。
生活の中でできる小さな習慣
・ 毎日できるだけ同じ時間に起きる(休日も1時間以内のズレに抑える)
・ 寝室はできるだけ「眠るための場所」にする(スマホやパソコン作業をしない)
・ カフェインは午後2時以降は控える
・ 昼寝は15〜20分以内、午後3時より前に済ませる
・ 眠れなかった翌日も、なるべく普通に過ごす(過度な休息はリズムを崩す)
これらは「やらなければいけないルール」ではありません。できそうなものだけでも試してみれば、小さな変化がやがて大きな変化につながるのではないでしょうか。
おわりに―眠れない夜が明けるために―

日本の不眠症治療はこれまで急性期への対応が中心だったため、睡眠薬が長期にわたって漫然と処方されたり、複数の薬が併用されたりするケースが少なくありませんでした。近年はこうした状況を見直す動きが広まり、薬をいつかやめることを見据えた治療や、薬に頼らない非薬物療法の重要性が注目されるようになっています。
その中でも特に不眠症の認知行動療法(CBT-I)は効果と安全性に優れていますが、現在は保険適用外であり、実施できる医療機関も非常に限られているのが現状です。また、今回は非薬物療法を中心として紹介しましたが、「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」に沿った服薬治療は、きっと不眠の力になってくれます。改善が難しいと感じるときは一人で抱え込まず、睡眠外来や心療内科に相談することも大切な選択肢です。
睡眠の改善は、一朝一夕には進みません。しかし、脳と身体には本来眠る力が備わっているので、焦らず少しずつ、あなたのペースで歩んでいってはいかがでしょう。
参考文献
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/65/6/65_65.6_508/_pdf
