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仕事のストレスは「仕事量」が原因ではない|臨床心理士が相談室で見てきた本当の理由
執筆者アイコン佐々木いちなり2026年7月27日 22:45

仕事のストレスは「仕事量」が原因ではない|臨床心理士が相談室で見てきた本当の理由

「仕事が多いから疲れる」——それだけじゃないかもしれません。20年近く相談室で見てきた、仕事のストレスの本当の正体について、臨床心理士がケースをもとにお話しします

「仕事が忙しくて、もう限界なんです。」

相談室で、この一言を聞かない月はないかもしれません。それくらい、よくある相談です。

多くの方は「仕事量が多いからストレスになる」と考えています。これは間違いではないと思います。残業が続き、休日も仕事のことを考え続ける生活が続けば、心も体も削られていきますよね。

ただ、精神科や心療内科、復職支援の現場に20年近く関わってきた中で感じるのは、人を本当に苦しめているのは「仕事量」だけではないということです。

同じくらいの仕事量なのに、元気に働けている人がいます。

一方で、仕事量はそれほど多くないのに、朝起きるだけで一苦労、という人もいる。

「先生、この違いって何なんでしょうか?」

そう聞かれることも、実はよくあります。

この記事では、相談室でよく出会う場面を手がかりに、仕事のストレスを心理学の視点から一緒に考えてみたいと思います。

「自分が弱いから苦しいんだ」——そう思い込んでいる方にこそ、読んでいただけたらうれしいです。

仕事量が多いからストレスになるわけではない

40代の会社員、Aさん(仮名)が相談室でこう話してくれたことがあります。

「先生、とにかく仕事が多いんです。」

最初は、仕事量の話ばかりでした。

でも、一緒に仕事の中身を整理していくと、少し違う景色が見えてきたんです。

Aさんの職場は、こんな様子でした。

 

・急な予定変更が多い

・自分では仕事の順番を決められない

・何を優先すべきか毎日変わる

・相談しても「自分で考えて」で終わる

 

話を聞きながら感じたのは、これは量の問題というより、コントロールの問題かもしれない、ということでした。「自分ではどうにもできない」という感覚のほうが、むしろ重くのしかかっていたんですよね。

 

心理学には、仕事の要求度-コントロールモデルという考え方があります。名前は少し堅苦しいですが、中身はシンプルだと言われています(参考:こころの耳/厚生労働省)

 

仕事には「求められる量」と「自分で決められる自由さ」、このふたつの軸があるとされています。

仕事量が多くても、段取りを自分で組めたり、やり方を工夫できたりする人は、比較的ストレスを溜め込みにくいという指摘もあります。

 

反対に、

「やることは決まっている」 「時間も決まっている」 「方法も決まっている」

こういう状態だと、同じ仕事量でも疲労感はぐっと重くなりやすいと言われています。

人は忙しいから疲れるだけでなく、「自分ではどうにもできない」と感じたときに、強いストレスを感じやすいのかもしれません。

だから私は相談室で、

「忙しいですね」

で終わらせないようにしています。

 

「その仕事の中で、自分で決められることって何かありますか?」

こう聞いてみることがあるんです。ほんの小さなことでいい。「これは自分で選べる」というものがひとつ見つかっただけで、表情がふっとゆるむ瞬間があります。何度も見てきた光景ですね。

 

人間関係のストレスは「好き・嫌い」の問題ではない

仕事の相談を続けていくと、最後はだいたい人間関係の話に行き着きます。

「上司の顔色ばかり見てしまう。」 「質問しただけでため息をつかれる。」 「職場に相談できる人がいない。」

こういう悩みを、「自分が人付き合い苦手だから」と背負い込んでしまう方もいます。

でも心理学では、少し違う見方をすることが多いようです。

 

人は、安心できる環境があって初めて、本来の力を出しやすくなると言われています。子どもが安心できる保護者を土台にして外の世界へ踏み出していくように、大人も、安心して相談できる相手がいるからこそ、難しい仕事や失敗にも向き合いやすくなる——そんな考え方があるんですよね。

この「土台」のことを、心理学では安全基地と呼びます。ボウルビィの『母と子のアタッチメント:心の安全基地』の話でいえば、子どもが冒険に出て、また帰ってくる家、というイメージに近いかもしれません。

 

最近は心理的安全性という言葉も、だいぶ浸透してきました。

「分からないと言える」 「助けてくださいと言える」 「失敗を隠さなくていい」

そういう空気のある場所のことだとされています。

 

相談室で見てきたのは、「怒られたこと」そのものより、「また怒られるかもしれない」と思い続ける毎日に消耗している方のほうが、実は多いのではないか、ということです。

人間関係のストレスというのは、「人が嫌い」という話ではなさそうです。安心できない状態がずっと続くこと自体が、心を疲れさせていくのだと思います。

 

「断れない」のは性格ではなく、あなたを守るための対処行動だった

「先生、私は昔から断れない性格なんです。」

30代のBさんは、そう話していました。

 

「そう思うようになった、きっかけって何かあったんでしょうか?」

そう尋ねると、新人時代の経験を話してくれました。

 

一度仕事を断ったとき、上司から

「やる気がないのか」

と言われた。それ以来、頼まれた仕事は全部引き受けるようになった、とのことでした。

 

心理学では、こうした行動を対処行動(コーピング)と呼びます(参考:こころの耳/厚生労働省)。その時点の自分を守るために選んだ、いわば処世術のようなものです。

 

断らないことで、

・怒られない

・嫌われない

・評価が下がらない

 

短期的には、ちゃんと役に立っていたようです。だから脳は「この方法なら安全だ」と学習してしまう、と考えられています。火災報知器が一度鳴ると、似たような場面でまた鳴りやすくなる仕組みと、少し似ているかもしれません。

 

ここで大切なのは、断れない人は意志が弱いわけではないということです。むしろ、その方法で長いこと一生懸命自分を守ってきた人だと言えるでしょう。

ただ、その一つの方法だけを何年も続けると、仕事は増え続け、自分の時間は削られ、疲労だけが積もっていく——短期的には効いていた対処行動が、長期的には自分を苦しめてしまうことがあるようです。

 

相談室では、いきなり「断りましょう」とは言いません。

まずは、

「今まで自分を守ってくれてありがとう。」

 

と、その対処行動がしてきた仕事を、こちらも一緒にねぎらうところから始めます。

 

そのうえで、

相談する。 期限を調整する。 一部だけ引き受ける。 優先順位を確認してもらう。

こういう新しい選択肢を、少しずつ増やしていきます。断る、断らないの二択ではなく、手札を増やすようなイメージですね。

 

休んでも疲れが取れない理由

「土日は何もしていないのに、月曜日にはもう疲れています。」

40代のCさん(仮名)は、そう話していました。

 

睡眠時間はしっかり取れている。趣味の時間もある。それでも「休んだ気がしない」とのことでした。

「休みの日って、どんなふうに過ごされているんですか?」

一緒に振り返ってみると、こんな様子だったんです。

 

朝起きた瞬間から、

「月曜日の会議で何を言われるだろう。」

「メール来てないかな。」

「来週の締め切り、大丈夫かな。」

 

頭の中では、ずっと仕事が続いていました。

 

心理学では、仕事が終わったあとも心が仕事から離れない状態を、心理的ディタッチメントが低い状態と呼んでいます(参考:労働安全衛生総合研究所/JNIOSH)。

 

小難しい言葉ですが、要は「頭の中まで退勤できていない状態」とも言えそうです。体は家にいても、頭はまだオフィスにいる、という感じでしょうか。

海外の研究でも、仕事が終わったあとも仕事のことを考え続ける人ほど、疲労感や睡眠の質の低下、バーンアウトのリスクが高まりやすいと報告されています。

 

だから私は相談室で、

「もっと寝てください。」

ではなく、

「仕事を忘れられる時間って、ありますか?」

と聞くようにしています。

 

散歩でもいい。コーヒーをゆっくり飲む時間でもいい。子どもと遊ぶ時間でもいい。

大切なのは、「仕事以外に意識を向ける時間」を意識してつくることのようです。

回復とは、体を休めることだけを指すのではないのかもしれません。脳を仕事から降ろしてあげること、それも回復のひとつなのだと思います。

 

「仕事を辞めたい」の正体

相談室では、

「もう仕事を辞めたいです。」

という相談も、決して少なくありません。

ただ、丁寧に話を聞いていくと、本当に「辞めたい」だけの方ばかりではないんです。

30代のDさん(仮名)は、初回の面接でこう言っていました。

 

「もう辞めるしかないと思っています。」

ところが、何度か面接を重ねるうちに、

「仕事そのものが嫌だったわけじゃなかったんです。」

と話してくれました。

 

「何があったんでしょうか?」

苦しかったのは、

相談できないこと。 失敗が許されないこと。 何をしても認められないこと。

つまり「仕事」というより、安心して働けない環境のほうがつらかったようです。

心理学では、人は安心できる人や場所があって初めて、新しいことに挑戦しやすくなると考えられています。これも、先ほどの安全基地の考え方とつながっています。

 

「仕事を辞めたい」という言葉の奥に、

「安心して働きたい。」 「誰かに相談したい。」 「認めてもらいたい。」

そんな願いが隠れていることは、珍しくないようです。

 

もちろん、職場によっては退職という選択が必要な場合もあります。それを否定するつもりはありません。

ただ、「辞めるか続けるか」を決める前に、

自分は一体、何に苦しんでいるのか。

そこを一度整理してみることが、とても大事なのではないかと感じています。

 

今日からできる3つの対処法

① ストレスの原因を書き出してみる

「仕事がつらい。」

そこで止まらずに、

 

・仕事量なのか

・人間関係なのか

・評価なのか

・仕事内容なのか

・将来への不安なのか

 

できるだけ具体的に分けてみてください。

ストレスは「正体」が見えるだけで、少し対処しやすくなると言われています。姿の見えない相手より、輪郭がわかった相手のほうが、まだ向き合いようがありますよね。

② 自分の対処行動に気づく

疲れているとき、人は無意識に自分を守っていると考えられています。

たとえば、

・何でも引き受けてしまう

・頼まれると断れない

・何度も確認してしまう

・一人で抱え込む

・休日も仕事のことを考え続ける

 

これは「悪い癖」ではないようです。その時点では、自分を守るために必要だった対処行動だと言えます。

だから、まず責めるところから入らないでいただきたいんです。

「今まで自分を守ってくれていた方法なんだな。」

そう理解するところから、始めてみてください。

③ 新しい対処法を一つだけ増やす

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)という心理療法では(参考:日本心理学会『心理学ワールド』87号)、

「問題をなくすこと」

よりも、

「自分にとって大切な方向へ、小さく行動すること」

を重視すると言われています。

 

たとえば、

今日は一人で抱え込まず、同僚に一つだけ相談してみる。

今日は定時で帰る日を一日だけつくってみる。

今日は昼休みに5分だけ外を歩いてみる。

 

大きく変える必要はありません。小さな行動をひとつ増やすこと、それが心の柔軟性につながっていくとされています。

 

まとめ

仕事のストレスは、仕事量だけで決まるものではなさそうです。

自分でコントロールできない仕事。 安心できない人間関係。 評価されない苦しさ。 そして、自分を守るために続けてきた対処行動。

こうしたものが折り重なって、人は疲れていくのだと思います。

相談室で私が一番伝えたいのは、

「あなたは弱いから苦しんでいるわけではありません。」

ということです。

 

多くの場合、人はその時々で、自分にとって最善だと思える方法を選びながら、なんとかやってきているのではないでしょうか。

だからこそ、今までの対処法を否定する必要はありません。

 

これまでの自分を支えてくれた方法に、少しだけ感謝しながら。新しい対処法を、ひとつずつ増やしていくこと。

それが、仕事のストレスと付き合いながら、自分らしく働き続けるための、案外現実的な一歩なのかもしれません。

 

 

参考文献

・仕事の要求度-コントロールモデルについて:こころの耳(厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)用語解説一覧(サ行「仕事要求度-コントロールモデル」の項目)
http://kokoro.mhlw.go.jp/glossaries/word-1574/
・ストレスコーピング(対処行動)について:こころの耳(厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)
https://kokoro.mhlw.go.jp/glossaries/word-1614/
・心理的ディタッチメントについて:労働安全衛生総合研究所(JNIOSH)メールマガジン
https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2023/177-column-1.html

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